徒然に・せきららに

道しるべに

et cetera ケ・セラ・セラ

インターネットをみてると「メンタルブロック外し」なんてもう一般化されてるように感じる。

認知行動療法NLPも、エトセトラ!

 

既成概念にみんな気づきはじめて

バブル崩壊からサトリ世代へ流れ

ロストジェネレーションなんて言葉もうまれたりして。

(言葉がうまれると概念がうまれる、

このあたりもおもしろいなーと思います)

 

 

幕末を生きた人に"激動の時代"を生きてる自覚なんてなかったと思う。

だって江戸に向かうのに何十日とか何ヶ月かかる時代。

ただ山を歩いてる1日が何日も続くんです。

 

ただ山を歩くだけの日。

ただ歩いただけの日。

歩くだけの1日。

 

そんな日がいく日いく日も。。

 

 

そして到着して、また違う景色を目指して。

また歩くだけの1日を

 

いく日もいく日も重なる。

 

 

始まりはきっと本当に小さなこと。

日々行ってたのは本当に小さなこと。

 

たまたま世界は広いんだと知るきっかけがあって

世界の広さに惹かれて

熱い想いが芽生えて、歩くたび育ち、

ただその情熱に身を委ねて日々を過ごした。

ただそれだけ。

 

ただそれだけなのに。

 

多くの人が気づき、動き、

小さな行為を積み重ねるように日々がながれた。

 

そして時代に日本の夜明けと云われる日が刻まれた。

 

 

私たちが生きる今はどんな時代になるのだろう。

それはこの先ずっとずっと先にならないとわからない。

ずっとずっとずっとずっと先には

また違った解釈になるのかもしれない。

 

今がどんな時代であったとしても、

毎日を意識的に過ごす事はできる。

変わらない日々であったとしても、そう感じる日々であったとしても、胸に情熱を宿すことができる。

 

右を見て歩いてるのか

左を見て歩いてるのか

歩く行為は同じだけれど、重ねた先の到着場所はかけ離れた場所になる。

 

何をみて、何を想い、何を感じて生きようとするのか

 

それだけ。

きっとそれだけなんです。

そんな小さな積み重ねが、大きな開かれた場所に導かれていくのだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

大きな勇気をこさえるのは大変かもしれない。

でも知っててほしい。

必要なのは小さな出来る事を丁寧にするだけ。

 

こんな事が出来る自分で在りたいと夢みることができる。

誰かを幸せにしたいと願う事ができる。

生まれてきた意味を求める事ができる。

こっそり自分1人で出来る事がある。

 

 

 

小さなことを重ねていく。

そしたら未来はケ・セラ・セラなのだ。

 

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